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「たんじゅん農」との出会い、そして河名秀郎さんの「自然栽培」との出会い [自然農法:基本論]

(このページは、2017-10-30に投稿しましたが、このブログの基本となるものですから、投稿日を最新の日付に更新して常時トップページに来るようにしています。)

 なお、「たんじゅん農」との出会いについては、別立てブログ「ファーマー・ファーマシーの日記」で、2017年4月から6月にかけて4回に分けて書きましたが、新たに立てたこのブログでも投稿することとし、1本にまとめました。なお、編集に当たっては、小生が行なった一部実践紹介については削除し、別途記事にすることとしました。

 2017年春、ヤーコンの普及活動を通じて、ある方から自然農法「たんじゅん農」に関する情報をいただいた。この類の農法には興味を抱いており、3年前には別の方から情報をいただき、本も買い、ほんのさわりだけを実践し、成功もし、失敗もした。
 さて、「たんじゅん農」については、驚かされることがあまりにも多い。これについては本を買わなくてもネット上でその詳細が公開されている。
 「たんじゅん農」とは、炭素循環農法のことで、2001年にブラジル在住の林幸美氏(Sr.百姓モドキ?)がホームページで公開され、頻繁に補追、訂正が行われている。これには先駆者がおられ、同じくブラジル在住の「Sr.アヒル殺し」(日本人?日系人?)がおられ、その方の実践や理論を引き継いでおられるようだ。
 そのホームページは次のとおり。
 百姓モドキの有機農法講座
 http://tan.tobiiro.jp/etc/home.html
 なお、Sr.とはセニョール(ポルトガル語: senhor)で、英語のミスターに相当する語
 そして、日本において、それを普及させるべく、「しろ ゆうじ」氏が2009年にホームページを公開されている。
 たんじゅん農を楽しむ広場
 http://tanjun0.net/

 以上、ざっと検索した結果、分かった状況である。

 そして、「百姓モドキの有機農法講座」を所々読んでみて、ビックリしたのは次の部分である。以下、引用する。

自然農法の理念と原理
神様の意地悪(誰がやっても自然農)
 元大本教信者であった、岡田茂吉は天(神)の啓示により「自然農法」の理念と原理を知ったと述べています。島本覚也は、出口王仁三郎(二代目大本教教祖)の指示で酵素を研究、後に高炭素資材を微生物の餌に最大限活用する「微生物農法」を創始します。やはり、彼も天の啓示と語っています。つまり自然の代弁者です。ところが面白いことに、両者とも農業者ではありません。
 前者は自然農法の「理念と原理」。後者(自然農法とは無関係と思われているようだが)は、その「技術」を天から授かりました。そのためか、一方は技術が伴わず宗教的に、もう一方は、高い生産性を誇りますが「肥」の概念から抜けきることができていません。

 天が二人に分けて授けたため、少々ややこしいことに。それを更にややこしくしたのが、何も授からなかった?福岡正信です。自身の体験と思考から、農を哲学(自然農)にまで押し上げて(追いやって ^^ )しまいました。泥(哲学)団子は条件(各人)次第で出る芽が違います(解釈の自由度が高い)。その分、精神的な満足感も得られやすく一般受けします。
 前二者とは対照的で自分自身が農業者です。しかし、原理や技術など実効・実利面では、何も見るべきものはなく「自然農法=猿真似」と人々に信じ込ませた張本人。でも、自然農法の名を世に知ら示した啓蒙者としては最大の功労者(現在では教祖的存在)です。彼なくして自然農法の歴史は語れません。
 哲学(あくまでも私的定義 ^^; ):
 人(地)中心の典型的な天動説思考体系。自然農法とは相容れない自然から最も遠いもの。明らかな答えなど出してはいけない奥ゆかしい学問。自然農法は小学生の算数並、哲学など無用の長物。
 福岡正信: 曰く、「この世の歓びも幸せも、真、善、美すべての物も人間が探求する方向にはなく、もとの道、自然の中に完備していたのであり、人間の希求する健全な肉体、自由な心、豊かな物など一切は人間の手中に自ずから存在していたのである。それに気づかず、人智に驕って、自然のふところから逸脱したときからすべてを見失い、それらの幻影を求めて狂奔するようになったにすぎない」。曰く、「自然は解らない」。

 日本ではこの三師が自然農法の代表的な先駆者でしょう(それぞれ原理、技術、広報担当)。それ以前に、ルドルフ・シュタイナーがバイオダイナミック農法を説き「基点と捉え方」を示しています。彼もまた、農業者ではありません(霊能者=心の世界をカンニングしている違反者であり、神秘思想家・人智学の創始者)。
 しかし、これらのことは“アヒル殺し”の農法の実際を先に知り、関係ありそうだと後から調べている内に分かってきたこと(“アヒル殺し”はシュタイナーや島本覚也、福岡正信の存在すら知らない)。
 偉大な先駆者達が部分的に得たものを、プロの農業者としての日々の生産活動を通し、一まとめに得たのが炭素循環農法だと言えます。そのため、巷の自然農法(人の頭が作り出したバラバラの既成概念)とは全く関係ありません。でも、分かってみれば何のことはない、真の自然農法以外の何ものでもなかったのです。

 神様が一人に全てを授けなかった理由が、何となく分かるような気がします。入り口はどこからでも構いません。誰でも、普段の生活・営農活動の中から、当たり前のことに気付く。ただ、それだけでよいのです。
  実際には何も知らずに、自然農法の原理に則り営農している者は、かなりの数になるものと思われます。その証拠の一例を上げれば通常の施肥栽培では、絶対に得られない低硝酸の農産物(原理を知って言えること)が、普通の市場に入荷されているという事実です。自然農法は、ことさら特別なものではありません。

指導者はいない(新しい者が先生)
 土や作物は「作る」ものではなく「できる」もの。バランスは「取る」ものではなく「取れる」もの、自然の側が決めます。ですから、人ではなく相手(自然=仕組み=法則性)が指導者(基準)です。土、作物、虫、微生物などや、自然農法を知らない者、新しい者(後輩)、より若い者が実際に教えてくれる先生となります。

 基点(視点)の逆転により当然、上下関係も逆転。「自分は誰の言うことも聞かない。誰からも教わらない」これが本物(自然農法の本質を理解した者)の言葉です。
 だからといって、別段難しいことではなく実践すれば、伝えさえすれば、“あちら”(自然=下位者)から教えてもらえる仕組みになっています。もちろん、“あちら”が代価を求めることはありません。伝えるのも当然、無償でなければなりません(必要経費を除く)。

 自然農法の先輩(実践者など)から教わることは何もありません。先に知った者は、それを伝えるだけで何一つ教えることができないのです。自然農法の創始者(岡田茂吉)は、自然農法に指導者は「要らない」と言いましたが、正確には「できない」。指導しては「いけない」です。
 先輩からも貰えますが、それは「問い」。これも逆転し、何らかの「答え」を出すと、後からその「問い」が出てきます。人が指導しようとした途端、自然農法ではなくなります。人から教わろうとしたその瞬間、学ぶことを放棄したのです。視点=基点=教えが、自然の側(天)ではなく、人(地)=己の側(既成概念)になってしまうからです。

 故に、先導者=出題者(煽動者?^^;)はいても、指導者はいません。師弟関係も存在しません。あるのは無条件で子を育む、親子のような関係でしょうか。これも本物を見分ける重要なポイントです。
 指導者がいたら“おかしい”と断定して構いません。巷の自然農法の指導者然とした者の教えや、そのグループが似非自然農法になってしまうのも、自然農法自体が未だに、あまり知られていないのも同じ理由でしょう。

 人(先輩)の言葉ではない、自然農法の実践現場や生産物からは、直接教わることができます。栽培・飼育記録などの“生の”データは生き物の“ことば”。たとえ他人のデータでも貴重な自然の教えです。ただし人知・感情を捨て、あら探し、疑う姿勢を忘れないように。
 言うまでもありませんが作物に対する基礎的な知識(性質や生理作用、応用技術など)は、一般的農法と同じように、先輩や書籍その道の指導者などから教わることができます。また単に、理論面だけなら既成概念同様、教えることも教えられることも可能です(このhpのように)。  

精神論は逆走の元(拘り障害)
 自然の有り様(ありよう)を基準にするのが自然農法です。しかし、その自然自体が物理空間という鏡に、映し出された虚像。実像=“実体”は見えない世界(意識世界)に存在します。
 啓示の発信元でもあり、岡田茂吉や島本覚也が理念・原理や技術を授かることができたのも、“もと”が「在る」からに他なりません。この関係が混乱を招いています。

 “実体”: 全て(物質、非物質に限らず)を構成している“もの”。その“もの(光の珠)”を誰でも“みる”ことができる。見え方は次第に変化し最終的に、王冠のチャクラ(サハスラーラ)と呼ばれる“光の輪”となる。

 実際面で、このようなことは知らなくても特に支障ありません。ただ「認識できないことは存在しない」と否定したら「おわり」。囚われるのは否定するより更に困りもの。
1.人(表面意識) → 事象・・・[慣行農法]。
 人の考えを基準に事象を捉え、人の都合に合わせて対抗策をとる。
2.人(表面意識) ← 事象・・・[自然農法]。
 事象をあるがままに受け入れ、起因や因果関係を基に「生き物を生かしている仕組み」を円滑化するための対応策を講ずる。
3.人(表面意識) ← 事象 ← 意識世界(実在世界)・・・[精神農法?]。
 代表的なものがシュタイナーのバイオダイナミック農法。
 意識世界=言葉のない世界(未来、潜在意識もこの世界に属す)との関わりは、表現が多様・複雑・難解化する。

 事象 ← 意識世界(実在世界): 同じ種を同じように蒔いても常に発芽率が良い者がいる「種が蒔き手を選ぶ?」「種に好かれている?」などという現象が昔から知られている。無条件で動物が「言うことを聞く、好かれる」なども同じ。
 言葉: 物質に限らず科学、文学・芸術や言語、文化なども、言葉(虚像)の世界に属している。言葉を超えたところ(実像の世界)の“ことば”の応用がバイオダイナミック農法の調合材。
 「自然という二文字を頭に冠したものは実体の存在に気付いたとき、本当の理解が始まった」と言ってよいとは思います。しかし、誰でも見える世界と、“みえる”(分かる)者だけに、“みえる”世界を、ごちゃ混ぜに語るのは危険。農法としては 2. で十分。3. は分かる者だけのものと言ってよいでしょう。

 自然の仕組みに沿う → 省力・省エネ・省資源 → 環境負荷軽減(浄化・保全) → 生産性向上 → 生活の向上(質、量とも) → 精神的向上・満足 → 自然に感謝。
 これが自然の摂理に従うということ。従った結果現れる一連の現象。しかし、
 自然に感謝しろ → 我慢し精神的向上をはかれ → スローライフ・スローフードに徹しろ → 低生産に甘んじなければならない → 自然を大切にしろ → 資源の無駄遣いをやめろ → 自然の仕組みを壊すな。
 というのが一般的。でも、これ逆走なんです。いたるところで見られる因果取り違え現象。結果(事象)を「自然と調和し生きる方法」なのだと思い違している典型例です。
 精神論による混乱は、無意識の内に“実体”の存在に、気付いたゆえの歓迎すべき現象?。でも意識世界の知識を、無理矢理こちらの世界の言葉に変換したものを、“みえない”者が安易に使うのは考えものです。天動説に嵌ります。

 この世は、あくまでも物質世界。農業は「生きている」「物」を扱う仕事。精神面の偏重は意識の硬直化(精神世界病?)を招き、実際の栽培・技術面にも障害となって表れます。「拘り障害=自然農法症候群」とでも呼べば良いのでしょうか(笑)。施肥障害並みの重大な障害で、施肥農法と同様な結果をもたらします。
(引用ここまで)

 いやーあ、恐れ入りました。
 これから、時折2つのHPを覗いて知見を広め、自分なりに「たんじゅん農」を進めていきたいと思ったところです。
 引用の文末ででてきた「施肥農法」に関して小生が驚いたのは次の件(くだり)です。(以下、引用)
 
 有機農法=堆肥農法ではありません。有機物(炭素資材)を堆肥化すると、原料にもよりますが微生物の働きにより、半分から十数分の一の量になります。大量の資材を使うということは、それだけ環境に負荷をかけることを意味し環境破壊に繋がります。
 即ち堆肥は微生物が食べ残した残り滓(ボカシも同様)。残り滓で最大の効果を期待するのは無理というものでしょう。

 堆肥は作物の肥料にはなっても微生物の餌にはなりません。食べ滓ですから土を団粒化する力が僅かしか残っていないのです。最小限の有機物で最大限の効果を上げるためには、土の外ではなく土の中で微生物を働かせます。
 土壌物理性の改善(団粒化など)は微生物が土壌中で働いてこそ可能であり、これが実際の土の作り方。すると土は進化、階層化します。これが土を作るという真の意味です。

 団粒化に貢献するといわれる、ミミズや有用センチュウ等の微小生物は、微生物がいて初めてその力を発揮します。尤も土がフカフカでミミズが沢山いるようではまだ、土ができていない証拠。現行の有機(堆肥)農法を見れば明らかなように、菌害や虫害が出ます。
 炭素循環農法では糸状菌が先に有機物を食べてしまい、細菌類や昆虫、ミミズは消えてしまいます。微生物が有機物を分解し微小生物の餌とし、微生物自身も彼らの餌となり土壌中の食物連鎖ができ上がります。実際には、肉眼で確認できる虫はほぼ全て消えます。

 いかがでしたでしょうか。興味が湧いた方は、先に掲げたHPを覗いてみてください。


 その後、なかなか忙しくて、膨大なページの「百姓モドキの有機農法講座」がまだ全部読みきれていないが、ポイントが理解できたような気がする。
 野菜の肥料と、ヒトの食べ物と、これを比較してみて、基本は同じであることに気がついたのである。
 ヒトの食性は、本来は完全な植食性であって、それも野草の生食で、芋も穀類も食べないのである。そして、それに適した腸内細菌が宿主のヒトとの共生関係でもって大繁殖し、後腸発酵によって各種アミノ酸、有機酸、ビタミンB群などを産生し、ヒトの栄養となっているのであり、これで全てを賄ってきた。ゴリラがそうである。
 ところが、ヒトはまず原始時代に芋を常食するようになり、自前の消化酵素でデンプンを分解してブドウ糖をつくりエネルギー源とした。次に、一部地域では1万年前には芋に代わって穀類(たんぱく質を高含有)を常食するようになり、また、それ以前から一部地域で動物食を始め、アミノ酸も自前でたんぱく質を分解して調達するようになった。
 これにより、ヒトの腸内環境は激変し、加えて、穀類と動物食はあまりの脂肪過剰で腸内環境をさらに大きく変化させてしまったのである。
 ヒトの食性の基本的変化は、野草→野草と芋→野草と穀類→野草と穀類と肉というものであり、これによって、現代人は大腸内での後腸発酵はしなくなり、全ての栄養素を自前の消化酵素で調達するようになっていると言っても過言でない。
 ヒトはまだこの食性の変化に対応できておらず、虚弱であり、生活習慣病を多発し、けっして健康体ではない。客観的に申せば、現代人は皆、できそこないの生き物なのである。
 一方、野草を品種改良した野菜、これはまだまだ原始性を備えており、本来の育て方をすれば非常に丈夫な植物であるが、人類がその昔から行ってきた野菜栽培は、ヒトの食性同様に、本来の姿から大きく逸脱し、か弱い野菜しか育たなくなってしまっているのである。
 慣行農法は、化成肥料と苦土石灰で野菜に必要な主要栄養素(窒素、リン酸、カリ、カルシウム、マグネシウム)をダイレクトに賄おうというものであり、有機農法とて主要栄養素を吸収しやすくした有機肥料を与えるものである。これらは、ヒトの場合の芋・穀類・肉に相当するものであって、本来の野菜の栄養とはなっていないと考えられる。
 本来の野菜の必要とする栄養は、土壌中の菌類や細菌などの働きによって地表・地中の生の有機物や無機物が分解された理にかなったものであったはずである。つまり、ヒトがヒトに適した腸内細菌の大繁殖により後腸発酵によって各種栄養素が産生されてヒトの栄養となっていたのと同様なことが、土壌中で行われていたのである。
 それが、化学肥料や有機肥料が耕土に入り込むことによって、土壌中生物相がかき乱され、あたかも現代人の腸内環境のごとく本来の姿と極端にかけ離れた性状に変化してしまっているのである。
 これでは、野菜が本来必要とする理想的な栄養が得られなくなっているのは必然であり、現代人と同様に虚弱であり、病虫害を多発し、けっして健康体ではなく、皆できそこないの野菜ばかりになってしまうのである。
 さて、ヒトの食性を本来の姿に戻すのは至難の技であり、容易なことではないが、完全生菜食を実行しておられる方は現に何人もおられ、難病を克服しておられる。
 それと同様に、野菜作りも本来の土壌中生物相に戻すのは容易なことではないが、やってやれないことではない。ただし、一筋縄ではできっこない。野菜はヒトと違って生物種が多様であり、個々の野菜の種と土壌中生物相との共生関係は一様ではなかろうし、土質の違いにも左右されよう。
 そうしたなかで、「たんじゅん農」は、野菜本来の土壌中生物相に戻す手助けをする様々な手法を提示していると考えられる。


 さて、炭素循環農法に入る前に、「土」の性状について広く知られている今までの知見で大いに参考になる事例をあげておこう。
 まず誰でも知っている森林限界という言葉。
 富士山や北アルプスの山岳地帯では概ね2500mで植物は生えなくなる。気温が低くなるから木が生えないというのではない。糸状菌(カビや茸)、これは通常の土壌微生物の中で最も多いものであるが、糸状菌は高山では繁殖できず、糸状菌が全くいないから木は生育できないのである。つまり、樹木は糸状菌との共生なくして生きていけないのである。
 砂漠でも同様であり、砂漠に植樹して水やりしても糸状菌がいない土壌であるがゆえに、苗木にくっ付いている糸状菌だけではおぼつかなく、樹木は全くといっていいほど生育しない。
 糸状菌の種類は非常に多く、なかには害になるものかあったり役に立たないものがあったりするが、菌から伸びた糸が複雑に植物の根と絡み合って糸状菌が作り出した様々な物質が植物の根に供給され、植物は生育できるのであり、糸状菌によってはまれに毒を入れて木を枯らすのである。
 植物の根と糸状菌の関係は、ヒトと腸内細菌の関係に酷似していると言ってよいであろう。
 ヒトの食性は、本来は完全な植食性であって、それも野草の生食で、芋も穀類も食べないのである。そして、それに適した腸内細菌が宿主のヒトとの共生関係でもって大繁殖し、後腸発酵によって各種アミノ酸、有機酸、ビタミンB群などを産生し、ヒトの栄養となっていたのであるから、でんぷん質もたんぱく質も一切摂取不要だったのである。
 ヒトの場合、今日では本来の食から大きく離れて穀類や肉・魚を多食するようになり、その結果、腸内細菌叢は様変わりしてしまい、後腸発酵によって産生される各種アミノ酸、有機酸、ビタミンB群などはほとんど作れなくなってしまっている。
 土壌とて植物を育てるために人が手を加えると同様なことになる。苦土石灰や化成肥料などの化学肥料に止まらず有機肥料(本来は土壌中で枯れた植物を糸状菌が分解すべきもの)を投与して、それを植物に直接吸収させるのだから、糸状菌の出番はなくなる。糸状菌が働こうとしても、これらの肥料が糸状菌の成育を妨げ殺すことになるから、慣行農法が行われている土壌の糸状菌叢は本来の姿とは全く異なった貧弱なものに変わってしまっているのである。
 よって、ヒトの場合、難病を克服するには生菜食しかなく、そうした食事療法を取ろうと、いきなり穀類や肉・魚を断って生野菜だけを食べ始めると栄養失調になって体を壊していまうから、腸内環境が整うまで玄米食を少量とるなど代替療法を取り入れたりする。
 植物を病害虫被害なしで元気よく育てる場合も、ヒトのこの例と同様に、土壌を本来あるべき姿の糸状菌叢にもっていくために何かの臨時措置を施し、それが成功したら、一切の肥料なし(ただし枯草などが必要)で素晴らしい野菜が取れるようになるというものである。
 このように、土づくりは、土壌の糸状菌叢を正常化させるのが第一に重要な方策として考えねばならぬ事項となる。
 ところで、土壌は糸状菌叢だけで出来上がっているものではないから、ややこしくなる。
 土壌中で有機物や無機物の分解合成を行う生物は、大きく分けて3つのドメインに分類され、菌類(糸状菌など)・細菌・古細菌(好熱菌、好塩菌、メタン菌など)に分かれる。
 これら3つのドメイン間でも共生関係が生まれ、糸状菌叢の正常化だけでは本来あるべき姿の土壌とはならず、細菌叢、古細菌叢が整い、かつ3つのドメイン間のバランスも整わねばならないのである。
 こうなると、理想的な土づくりをするのが至難の技となってしまうが、何もかも人の手でバランスを取らせたり、正常な叢づくりに手を出したりしなくても、一定の条件を与えてやれば、その後は彼らが思いのままに働いてくれ、うまくバランスを取り、正常な叢に近づけてくれようというものである。

 基本はこれでだいたい理解できた。
 じゃあ、理想的な土壌にもっていくにはどんな手立てをしたらいいのか、この先がまだ十分には分からない。


 その後、「百姓モドキの有機農法講座」の主だったページをもう一度読み、実践に参考となりそうな箇所をプリントアウトし、新たに野菜の作付けをするときに取り組もうと考えた。
 しかし、事を急いては失敗しかねない。1、2年前に福岡正信氏の提唱する「不起耕」「雑草との共生」の真似をして一部は成功したものの多くは失敗した。
 その教訓を踏まえて、ここはボツボツいくことにした。
 そうした訳は、2つの理由がある。

 一つは、須賀前の畑はネコブセンチュウが全体にけっこういるようであり、サツマイモとニンジンの被害が苦になっていたから、昨秋からネコブセンチュウを絶やすための土壌改良に取り組み、概ね終了したところであるが、今年作付けのヤーコンの畝間はまだであり、これは今年の晩秋から来年の早春までかかる。なお、自宅前の畑のサツマイモ栽培エリア(南区画の東半分)も同様に処置した。
 その方策は、2種類の土壌改良剤(いずれも菌剤)とそれらの菌が増殖するための刻み藁(刻み藁が不足し、長いままの藁や籾殻も使う)&米糠を入れ込み、ビッチュウで畑起こしして混ぜ込むというものである。
 これの詳細は次の記事で記した。
  http://miyakekazutoyo.blog.so-net.ne.jp/2016-10-20
 これによって畑がどう変わるかを見てみたいのである。
 これに関連することとなろうが、「百姓モドキの有機農法講座」においても、“EM菌を1回だけ使う方法もあるが、よく知って使わないと逆効果となり、素人は手を出さないほうがいい”旨書かれている。

 もう一つは、うちの畑は有機肥料を多投していることである。小生は有機肥料を妄信しており、土壌が過栄養状態にあるのは間違いなかろう。
 今年は種蒔きから栽培に取り組んだトマトであるが、過去に時差栽培するために同様に実施したら草ボケしてしまった。肥料過剰であった。そこで、今年は施肥せずに栽培に取り組んでいるが、葉が青々としており、十分過ぎるほどの肥料が残っているに違いないと思われるのである。
 これでは、土壌菌もそうそう正常な姿にはなれないだろう。
 よって、まずは土壌の肥料過剰を解消することを優先し、「土を綺麗にする」ことをここ1年取り組んでみたい。

 ところで、「百姓モドキの有機農法講座」によると、「土壌菌は窒素を嫌い、炭素を求める」とあり、「C/N比の高いものを投入する」と土壌改良になると書かれている。
 うちで容易に手に入る「刻み藁」はそれに合格する数少ない炭素資材である。これはネコブセンチュウ対策で使った。今秋にもたっぷり手に入るから、来春まで「施肥なし、藁入れ」で当面野菜栽培できないかと思っているところである。

 なお、果樹栽培も10本以上行っているが、甘夏は有機肥料を多投入して甘味が出て成功したが、他は効果なしなり枯らしたりで失敗している。これらは今後施肥なしとし、枯れたイチジク跡の表層に残っているであろう有機肥料や堆肥を除け、少しでも過剰肥料を取り除くこととする。

 いずれにしても、土壌中で有機物や無機物の分解合成を行う生物は、「大きく分けて3つのドメインに分類され、菌類(糸状菌など)・細菌・古細菌(好熱菌、好塩菌、メタン菌など)に分かれ、これら3つのドメイン間でも共生関係が生まれ、糸状菌叢の正常化だけでは本来あるべき姿の土壌とはならず、細菌叢、古細菌叢が整い、かつ3つのドメイン間のバランスも整わねばならないのである。」ということであり、土壌中の微生物群が理想的な土づくりをしてくれるのであるからして、これを肝に銘じてボツボツ対処していくこととしよう。


 さて、炭素循環農法を柱に据えたいと思っているのだが、これとてオールマイティーではなかろう。他に実践で成功しておられる方もあろうとネット検索したら、河名秀郎さんが「ほんとの野菜は緑が薄い」という本を書いておられるのを知った。無肥料・無農薬の「自然栽培」とのことで、不起耕ではなく、「たんじゅん農」と類似している。
 “ほんとの野菜は緑が薄い”というのは、小生の場合、当地特産品の「徳田ねぎ」の栽培で身を持って体験している。当地の農家さんが栽培している「徳田ねぎ」は、栽培中盤で葉折れを防ぐため窒素肥料をしっかり追肥し、さらに終盤に窒素肥料をもう一振りして“葉を青々とさせる”というやり方で見た目を良くしておられるが、こうするとせっかくの甘くて柔らかい「徳田ねぎ」のうまさが殺されるのである。加えて、そうしたネギには硝酸性窒素が未分解で残っているから体に悪いし、畑の土も余剰窒素肥料が残っていて後作に普通に施肥すると後作が肥料過剰にもなる。その点、うちの「徳田ねぎ」は肥料を控えめにし、追肥もしないから、商品価値は落ちるが、どこよりもうまいと自負しているところである。“ほんとの徳田ねぎは緑が薄い”のである。
 こうしたことから、その表題が気に入り、早速購入して読んでみた。30分もしないで読み終えた。少々がっかり。というのは、消費者向けの内容が大半で、これはどうでもよくて飛ばし読みし、肝腎の栽培法の章にたどり着いたところ32ページしかなく、ごくごく基本的な事項しか書かれていなかったからである。なお、自然栽培するに当たっては自家採取の種での栽培が重要であることを章立てして詳細に書かれていたが、これは後日、ゆっくり再度読むこととする。
 32ページしかない栽培法であるが、それでも、大いに参考になる基本事項がいくつか書かれていた。それをしっかり頭に叩き込むために、以下メモしておくことにする。なお、「百姓モドキの有機農法講座」で書かれていたことを記憶を頼りに朱書きで書き添えた。

<土から不純物を抜くことからはじめる>
 化学肥料にとどまらず有機肥料、漢方系を含む一切の農薬、こうした不純なものを抜いて、もともとの状態に戻す。とにかく土をきれいな状態に戻せば、虫が来なくなる、余計な草が生えなくなる、そんな日が必ず訪れます。
 ※本項に関して「百姓モドキの有機農法講座」では強調されていないが、自然の状態に戻るのに「0から3年かかる」と書いてある。

<異物の入った土には「肩こりや冷え」が溜まっている>
 化学肥料を使い続けてきた畑の場合、外気温が19度のとき、上層は15~16度、下層が10~12度、その下の固い層が14~16度、といった結果が得られます。固い層まで30cmだと、その上6~8cm幅の5度ほど温度が低い「肥毒層」があるのです。これは、肥料や農薬などの異物が耕運機の使用とあいまって溜まった層です。この「肥毒層」をなくしていくことが一番のポイントです。重要だからこそ、一朝一夕にはいきません。
 ※本項に関して「百姓モドキの有機農法講座」では触れてない。

<有機栽培の落とし穴>
 有機肥料の場合は、はっきりとした「肥毒層」を作らず、肥毒はあちこちに散らばって存在します。これがかえってあだとなり、なかなか虫の害から逃れられない落とし穴にもなります。
 肥毒の多いのは動物の糞尿堆肥、肥毒の少ないのは植物由来のものです。有機肥料を止めて数年経っても虫や病気に悩まされることがあります。でも、これは土をきれいにするために避けては通れない浄化作用。自然栽培に移行するためには、ここでしばし耐えることが必要となります。
 ※本項に関しては「百姓モドキの有機農法講座」でも動物性有機肥料はやっかいだと書いてあったと記憶している。
 なお、自然栽培に移行できた畑でも、10年後に突如として線虫被害が出た例があります。これは昔入れた有機肥料の「肥毒」が今になって出てきたものと推測されます。翌年以降、線虫被害は皆無。
 ※本項の「なお書き」に関して「百姓モドキの有機農法講座」でも書かれていたように思うが、確かでない。
 ここで、薬屋のおやじから一言。このことは人間についても言え、精神病患者が向精神薬の断薬に成功しても数年後に体内脂肪の中に隠れていた少量の昔の薬が脂肪分解とともに血中や脳に戻ってきて影響を与えることがあり、このような状態のことを「トリップ現象」や「薬物性フラッシュバック」と言いますが、この知識がないとこの状態を「精神疾患の再発」と誤認してしまうことがあります。植物も人間も同じ反応を示すのですね。

<土の「凝り」をほぐす方法>
 こうした「肥毒」を早く抜くために、積極的に耕します。
 ※本項に関して「百姓モドキの有機農法講座」では、やったとしても深耕を1回だけとし、頻繁にやると土壌中の微生物層に悪影響を与えるとしている。軽く掘って高炭素素材を埋め込むなり、苗の作付けも軽く掘るだけとすることを勧めている。

<人と自然がコラボすれば、野生よりもおいしい野菜が育つ>
 砕いた「肥毒層」はそのままにしておくと数年後には再び固まってしまいます。そこで、次に、大豆、小麦や大麦などを植え、植物の根っこで「肥毒」を吸い上げてもらいます。
 大豆は、砕いた「肥毒」の塊をさらに細かくし、直根性が強い麦は、細かくなった「肥毒」を根の力で外に吸い上げてくれるのです。 ※本項に関して「百姓モドキの有機農法講座」では、大豆は土壌中で窒素固定をしすぎるから避けたい栽培作物であるとし、麦やトウモロコシの栽培を勧めている。特にトウモロコシは根張りがよく、かつ、高炭素素材であるから残骸をすき込むのを勧めている。
 自然栽培に移行した生産者は、「肥毒層」がなくなるにしたがって作物の収量が上がり、質も高くなってくると口を揃えて話します。
 ※本項に関しては「百姓モドキの有機農法講座」でも同様

<土がきれいになれば、ミミズは自然にいなくなる>
 「肥毒層」がなくなって、土が本来の状態を取り戻せば、土は「柔らかい、温かい、水はけが良く水持ちがいい」状態になります。土が自然な状態に近づくほど、こうした状態になります。そして、ミミズが減り、いなくなる。ミミズがいるうちはまだ土ができていないのです。
 ※本項に関して「百姓モドキの有機農法講座」でも同様だが、ふかふかした土はまだ完全な状態にはなっていないとのことである。

<同じ畑で同じ野菜をつくり続ける>
 野菜も同じ場所で作り続けることで、土壌にどんどん馴染んでいきます。土ができあがっていくにつれ、連作したほうが収穫量も上がり、野菜の質もよくなっていくという結果が出ています。
 ※本項に関しては「百姓モドキの有機農法講座」でも同様

<「不耕起栽培」との違いは>
 「不耕起栽培」=「自然農」と「自然栽培」との決定的な違いは耕さないか耕すかという点。自給自足のための野菜づくりなら、耕さないのも一つの手だと思います。自然栽培では、土を積極的に耕します。適度な除草もします。土の中から肥毒を取り除くために耕し、発芽にエネルギーがいくように草を抜いたりと、野菜が育ち易い環境をつくるために人が手を添えることが必要。
 自然の性質を知り、その性質が生きるように手を添え、自分たちもその恵を受けることができる。人間が自然のサイクルに入る意味が生まれます。それが自然栽培です。自然栽培はあくまで、自然側からの視点を持つ農業なので、今までとは方法論が全て逆になるのも当たり前です。
 ※本項に関して「百姓モドキの有機農法講座」でも同様に言っているが、耕すのは最小限とするも、一切耕さない自然農は大間違いと言っている。

<一生懸命育った野菜はおいしい>
 「今まで食べたことがないくらいおいしかった」「びっくりした」
 はじめて自然栽培の野菜を食べたお客さまからこんなありがたい声をいただくことも多いのです。
 なぜ自然栽培の野菜が生命力に満ちあふれたおいしい野菜になるかというと、人為的に与えられた肥料ではなく、自分の根を一生懸命伸ばし、土本来が持ち合わせた養分を吸い上げて育っていくからだと思います。軽い飢餓状態だからこそ、自分で栄養を求めて地中深く深くに根を下ろしていく。そうすることで、野菜も強く育ちます。
 これが自然界の法則であり、本来の野菜の姿であり、自然栽培において無肥料でも立派な野菜が育つ理由です。
 根が元気に伸びれば、土壌微生物の動きも活発になって土を温め、柔らかくしてくれるため、植物はさらに根を伸ばせます。根が伸びれば伸びるほど、しっかりと根を張るため、地上に出ている部分も元気に育ちます。おいしい野菜が育つということです。ここに、とてもいい循環が成り立つようになります。
 ※本項に関して「百姓モドキの有機農法講座」でも同様だが、理由としては土壌中の微生物層が全てであると言っている。

 といったところが、河名秀郎著「ほんとの野菜は緑が薄い」から得た知見だが、前回の記事で「ここはボツボツいくこととし、まずは土壌の肥料過剰を解消することを優先し、土を綺麗にすることをここ1年取り組んでみよう」としたことは、どうやら正解のようである。


 今年2017年、夏野菜はトマトだけを無肥料・無農薬(無農薬は以前から実施)で行い、冬野菜については幾つかを同様に実施していますが、その経緯については別途記事にすることとします。

(関連記事)自然農法についてもうひとつ参考にしたもの
   三浦伸章「ガッテン農法」を知る
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三浦伸章「ガッテン農法」を知る [自然農法:基本論]

(このページは、2018-08-16に投稿しましたが、このブログの基本となるものの一つですから、投稿日を最新の日付に更新して常時トップ2のページに来るようにしています。)

 副題に「農薬・肥料に頼らず自然の好循環でおいしい野菜づくり」とある三浦伸章著「ガッテン農法」を先日購入した。
 慣行農法から無肥料栽培への移行期間の農法も書かれ、なかなか親切な本であり、大いに参考にしたいと考えている。
 自然農法に関しては、「たんじゅん農」との出会い、そして河名秀郎さんの「自然栽培」との出会い に従って順次進めているが、今回知った「ガッテン農法」も一部取り入れたい。そうした部分について、以下、書き記しておこう。

(P.16)ガッテン農法の畝づくり:畝を立てるのは最初の1回だけ
①畝を立てる場所の中心に溝を掘る
 幅50cmの溝を掘り下げる。耕土が20cmの場合:表層10cmを片側に、その下の10cmを反対側に積み置く。土壌細菌叢が違うから、耕土を混ぜないようにするのがポイント。
②硬盤層をショベルで崩す
 10cm間隔でショベルを刺して土を崩す。掘り返すのではなく、空気を入れるつもりで行う。水や空気の通り道を作るのが目的。
③溝に有機物を埋める
 籾殻燻炭、酢水、枯れススキ、落ち葉、米糠、籾殻燻炭、水の順番で入れ込む。燻炭は微生物の棲家になり、酢水は「微生物が、植物に根が生えてきたと勘違いし、自ら増殖する」効果があり、枯れススキは稲藁(お勧めしない)と違って空気と水をよくキープするから。麦、セイタカアワダチソウなどもよい。米糠は、ススキと落ち葉では窒素分が不足するから適量入れ込む。
④土で埋め戻して畝を作る
 最初に掘り出した耕土を順番を間違えないように戻す。最後に通路の土を少々削って乗せる。
⑤野菜の植え付けまで有機物マルチで畝を養生
 畝も通路も枯れススキで覆っておくとよい。
 なお、ネギをランダムに植えておくと土壌の微生物活性が高まる。

(P.28)通路でも土づくりをする
 通路や畑の周囲に緑肥作物を育てる。イネ科のソルゴー、エンバク、ライムギなど。夏野菜の定植時に通路に種をばら蒔いてもよい。大きく育たず夏には枯れるが畑全体の生物活性を高める。
 土はどこもかも裸にせずに草を生やしておくなり、枯草を敷いておくのがいい。
 通路が硬くなったら、ショベルを10cm間隔で刺して前方に少し押し、空気を入れる形で行う。生物活性が高まる。
 
(P.29)畝の利用法とメンテナンス
 雑草も収穫が終わった野菜も根を残しておく。根が分解された跡は微細なパイプ状の穴となり、水はけや通気性が向上し、また、この穴は微生物のかっこうの棲家となる。
 野菜を片付けて後作を栽培するとき、土が硬くしまった状態になっていたら、ショベルで空気を入れる。通路と同様のやり方で、ショベルを10cm間隔で刺して前方に少し押す。これで、生物活性が高まる。
 畝が低くなったときは、通路の土を枯草とともにショベルで掘って、積み上げ、大きな塊のまま積んでおき、1週間から10日後にザックリ崩して畝の形を整える。このとき土を細かくしないこと。

(P.38)植えつけとタネ蒔きの極意
<植穴復元植え>
 乾いた表層の土と、湿った下層の土を混ぜないこと。
 植えつけ前に植え穴に水を注ぐのは避けたほうがいい。
 しっかり鎮圧して新しい根の伸長を助ける。
 水やり不要。土が湿りすぎているときの植えつけは避ける。
★植えつけ前に酢水(合成酢でないもの、300倍散)に漬けて底面吸収させる。「有機酸によって土壌微生物が活性化し、根の活着を助ける」効果がある。
★植えつけた苗は風にあおられないよう細い棒で支え、根の活着を促す。
<踏みつけ蒔き>
 タネに土をかぶせたら、体重をかけてしっかり踏む。タネと土が密着して水分を吸収しやすくなる。水やり不要。土が湿りすぎているときは、タネ蒔きはお休みにする。
 野菜は競争相手がいると早期育成がとてもよくなる。
・バラまき ネギの苗づくり、緑肥作物栽培
・スジまき 小さな野菜(小松菜、カブ、ホウレンソウなど)
・点まき  大きな野菜(大根、白菜など)
★最初の間引きは、他の根を傷めないよう、引き抜かないで株元からハサミで切る。株間が広がったら引き抜いてよい。
<コンパニオンプランツ>
 ネギ類は多くの野菜と相性がいい。根鉢に添えて植え、根が絡んで育っていくようにする。アブラナ科とキク科の混植(例:白菜と春菊)もおすすめ。

 以上が総合編であり、個別の野菜についての留意点で参考にできるものが数多いが、それは逐次個別野菜の栽培で参照することとする。

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「チャレンジ自然農法」、イチゴの連作・無肥料無農薬栽培 [各論:イチゴ]

 このブログ「チャレンジ自然農法」は、2017年春に知った「たんじゅん農」(=炭素循環農法)を主な拠りどころとしています。その「たんじゅん農」の詳細は、サイト「百姓モドキの有機農法講座」 http://tan.tobiiro.jp/etc/home.html をご覧ください。
 なお、「たんじゅん農」の概要と、その後に知った河名秀郎さんが勧めておられる無肥料・無農薬の「自然栽培」の概要については、このブログの最初の記事(下記)をご覧ください。
 「たんじゅん農」との出会い、そして河名秀郎さんの「自然栽培との出会い」

 「たんじゅん農」に出会う少し前に、畑全体のネコブセンチュウ対策に取り組んだ。これは、サツマイモにけっこうな被害が出ていて、畑全体で輪作しているから、空いた畝に順次、土壌改良菌剤と藁を入れ込んだところである。
 使用した土壌改良菌剤は、「粒状YKD」(線虫捕食菌、繊維分解菌を含有)と「バイオS5」(繊維分解菌、病原菌抑制菌を大量に含有)であり、「粒状YKD」の説明書に「稲藁をも分解し、一緒にすき込むとよい」とあり、そうした。また、1回の処置でネコブセンチュウは根絶できず、翌年、半量を同様にすき込むよう書かれていた。
 1回の処置で、どの程度の効果がでるか、サツマイモは晩秋に掘ってみないことには分からないが、「たんじゅん農」がうまくいけば、ネコブセンチュウもいなくなるとのことであるから、土壌改良菌剤の投入は、これまでとする。また、「百姓モドキの有機農法講座」に、“EM菌を1回だけ使う方法もあるが、よく知って使わないと逆効果となり、素人は手を出さないほうがいい”旨書かれていたから、なおさらである。「粒状YKD」と「バイオS5」が「EM菌」とどう違うのか知らないが、似たような感じがし、少々心配である。
(後日追記:サツマイモを3箇所で栽培していたが、大した効果はなかった感がする。)

 ところで、「百姓モドキの有機農法講座」には、「窒素を多く含むものは絶対避けること。高炭素素材を入れ込むことがポイント」と書かれている。一番のおすすめは、廃菌床(茸栽培の残渣)、ついでトウモロコシの残骸や麦藁などであり、稲藁もまずまず使える、となっている。うちでは、廃菌床は容易には手に入らないし、トウモロコシも麦も栽培したことはないし、破砕機もない。たっぷり簡単に手に入るのは刻み藁であり、これでいくことにした。ネコブセンチュウ対策でも、けっこうな量を入れ込んだから、正解ではなかったろうかと、ひそかに思っている。

 さて、イチゴ栽培であるが8年目に入った。品種はずっと「早生ほうこう」ほぼ1本である。毎年親株から苗取りを行い、毎年全く違う畝で慣行栽培(苦土石灰と有機肥料敷き込み)してきた。なお、無農薬であることはずっと変わらない。
 苗更新をしなかったせいか、今季の収穫はイマイチであったから、来季(2017-18年)は、作付けの3分の1を新規苗購入で行くことにした。
 そして、来季からは冒険ではあるが、今季の場所で連作し、無施肥とすることとした。イチゴは連作障害が出るから2年は空けよと言われるし、無施肥では収穫量が落ちるのは必至となろう。でも、自家消費する程度のイチゴは収穫できるのではなかろうか。
 何よりの利点は、苗作りや新たな畝作りをする手間がなくなり、親株を少々残して、ランナーが十分に走ったところで親株を引っこ抜き、秋に苗を選って藁敷きすれば済んでしまうことであろう。
 究極の自然栽培は、同級生のG君が小規模にやっているが、何十年も一切の手を加えず放置したままであるものの、まずまずの収穫を得ている。その状況を見たところ、少々小粒の実であり、1株に生る数も少なそうで、あまり褒められたものではないが、将来的にはこうした放任栽培もいいものだ。

 2017年のイチゴの収穫が終わった後、畝の南3分の1程度で収穫が良かった数株を残したところ、ランナーがいっぱい走ってくれて苗に不自由しなかったが、密生しているからヒョロ長いものが多い。でも、選べば何とかいい苗が得られた。
 まずは9月初めに畝の北3分の2の畝作りを行った。といっても同じ畝を使うのだし、畑起こしもしない。夏の間に生えた雑草は2度ほど刈り取ったり引き抜いたりしている。けっこう面倒な作業ではあったが。
 2列植えの畝につき、中央と両端に鍬で溝を掘り、枯れたカボチャの残骸と放置してあった枯草を手で埋め込んでいき、最後に両端を鍬で軽く土寄せしておいた。刻み藁を入れ込むといいのだが、在庫はなく、まだこの時期には入手不能で、残念であったが止むを得ない。
 植え付け1週間前に、残っていた籾殻(これも高炭素素材ではなかろうか?)をばら撒き、畝下の土をかき上げて覆土しておいた。
 10月上旬に苗場から苗取りし、北3分の2に移植し、すぐ後に苗場跡の畝作りを行う。前回と同様に中央と両端に鍬で溝を掘り、枯れたトマトの残骸と枯草を手で埋め込んでいき、最後に両端をテンワで土寄せし、整形。なお、籾殻は入れ忘れてしまった。
 JA売店で「早生ほうこう」18株を買い、2列植え。これで、1列28株、全体で56株が植わった。昨年とほぼ同じ株数となった。列幅は約50cmで昨年より若干狭い感じだ。
 
 今後の予定であるが、通常イチゴは早春に地温を高め成育を促進させるために黒ビニールのマルチを敷くと良いとのことだが、小生は、密閉してしまうと空気が通わなくなり、空気を欲しがる根っこが可哀想で、どうしても好きになれず、使っていない。その代わりに毎年冬なり春に敷き藁をしており、今季は11月に刻み藁と藁をたっぷり敷くことにしている。
 そして、イチゴ収穫後に、その藁を土の中に軽く埋め込んでやろうと考えている。
 ところで、藁の高炭素素材としての効果は、稲刈り後、数日ほどしたところがよいようだが、半年後であっても多少の効果は期待できないだろうかと勝手に思っている。
 
 その先の難題もある。6月から9月いっぱいまで、どう管理するかである。所々に親株を残し、ランナーを走らせることになるが、雑草の勢いも激しいだろう。草との戦いで苦労させられる。自然農法が成功すれば雑草はさほど生えないとのことであるが、そこに到達するまでけっこうな年数がかかりはしないか。
 まあ、来年は小まめに草引きするしかなかろうし、多すぎるランナーを間引きする手間も掛けねばならないだろう。なお、ここのところ毎年そうだが、十分にランナーが走ったら親株は処分しているが、来年もそうする。

 無肥料連作初年度の2017-18年の収穫がどうなるか。ワクワク、ドキドキであるが、無収穫ということはなかろう。そして、2年目、3年目がどうなるか。その折々にまた考えよう。
 イチゴ栽培は、ずっと無肥料連作で行くことに決めたのだから、何とかして智恵をしぼり出し、自然栽培を成功させたいものだ。冒険ではあるが。
(2018年5月2日)
 今年は3月以降平年より気温が高く、今、イチゴの収獲がピークに入った。繰り返し苗取りしてきた株の生り方は幾分落ちているような感がするのだが、購入苗は好成績を収めている。
(5月24日)
 本日、収穫終了。施肥してないが、残留肥料があるであろうから、完全な無肥料栽培ではないものの予想以上の高収獲である。そして、連作障害もほとんど出ていないのではなかろうか。
 例年になく、甘いイチゴが非常に多かったのも予想外であった。
 来季の作付けは、更新苗で栽培した株から苗づくりを行うこととし、その部分(南の方)以外の畝は、敷き藁と引き抜いて枯れたイチゴ株を埋め込む予定である。

<2018-19年:無肥料・連作とも2年目>
(2018年10月7日)
 南の方の更新苗で栽培したもののうち優良株5株を残し、ランナーを走らせて苗づくりを行い、ランナーが十分に伸びた7月10日に親株を鎌で刈り取ったが、例年どおり苗が密に育ってしまった。よって、苗はひょろ長いものが大半となり、その中からなるべく軸太のものを選んで苗とするしかなかった。
 8月20日には、空き畝部分について、昨年と同様に、中央と両端に鍬で溝を掘り、枯れたカボチャの残骸と引いた枯草を手で埋め込んでいき、今年と同様に2列植えの畝づくりを行なっておいた。
 本日、北のほうから順次、良さそうな苗を定植して行き、苗場に差し掛かったところで、定植位置に良さそうな苗があれば、それを残そうと思ったが、ひょろ長の苗が多く、3割程度しか思惑どおりにいかなかった。なお、枯草の畝への入れ込みは、中央部分に少々しか出来なかった。
(10月29日)
 定植した苗は全部が活着した。田んぼから刻み藁を運び、畝全体にたっぷり敷く。
(2019年4月28日)
 刻み藁を十分に乗っけたせいか、今年は全然草引きせずに今日まで来たが、かなり大きな雑草もあるので、ほぼ全部の草を引く。株の成長、実の生りようとも例年並みの感がする。

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畑にキノコが生えだした [雑感]

 広幅畝でサツマイモとメロンの混植(3列栽培で中央にメロン)を、無肥料・連作し始めた2畝中、1畝でキノコがかなり出だした。
 高炭素素材を入れ込んで土壌改良すると、キノコが生えだすとのことであり、無肥料栽培の成功につながるとのこと。
(2019年5月2日撮影)
DSCN0650.JPG

 うちの畑では、高炭素素材といっても、刻み藁をどれだけか投入しただけで、それ以外には雑草の枯草やサツマイモのツルが枯れたものであって、あまり高炭素ではない。
 一番いいのは廃菌床とのことであり、そのあたりのことは「たんじゅん農」のサイトの『キノコ廃菌床の使い方』のページで詳述されているが、その一部を下記に引用して紹介しよう。

畑にキノコが・・・
 キノコの種類を問わず、キノコが生えるということは、土が良くなっている証拠。キノコ菌も有用微生物の一つ。有用微生物に適した土壌条件は、作物にもキノコにも適しています。キノコ菌が十分繁殖し菌糸が養分を蓄えたところに、適度な刺激(降雨や気温変化)が加わるとキノコが大量発生。春や秋に多く見られます。
 ヒラタケ、マイタケなどの菌床や原木栽培では、畑に埋けてキノコを発生させる栽培法もあり、アガリクス茸栽培では、ほとんどが畑に埋め、キノコ栽培をした畑では、慣行栽培の土地でも、ほぼ無施肥・無農薬で野菜が育ちます。
 キノコ菌は菌糸の量(菌体重量)がある程度ないと、キノコを作ることができません。廃菌床の使用と無関係に、多種類のキノコが生えるようなら、有機物量が十分あり分解が進んで、キノコ菌糸が養分を蓄えた証拠です。
 ということは、キノコの発生をみたらキノコ菌の食べ物が底を尽きかけているとの見方もできます。キノコに限らず、生存の危機(ストレス)に瀕した場合、生物は子孫を残そうとしたり可逆性を発現したりします。 そろそろ「有機物を追加しなさい」という信号と受け取ることもできるわけで、キノコ発生は歓迎すべき現象です。
(引用ここまで)

 2019年で、3年連作となるサツマイモとメロンの混植(当然に無肥料栽培)であるが、今年の収穫が楽しみである。
 他の畝でもキノコがいっぱい生えてくれるといいのだが…

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はまってしまった「畑起こしもどき」の楽しさ [雑感]

 2017年10月から無肥料・無農薬で自然農法にチャレンジしている。
 基本は<「たんじゅん農」との出会い、そして河名秀郎さんの「自然栽培」との出会い>で紹介した、林幸美氏の「たんじゅん農」つまり炭素循環農法であるが、河名秀郎さんはそれと真逆なことも言っておられる。
 どちらに従ったらいいのか迷わされる。一番の問題点は「耕すか耕さないか」である。河名秀郎さんは積極的に耕すべしと言っておられるのに対し、林幸美氏は最初だけ深く耕し、その後は軌道に乗るまで表層を少々いじるだけ、というのが基本である。
 そうしたなかで、後から知った<三浦伸章「ガッテン農法」を知る>で紹介した、「畑起こしもどき」(これは小生の命名だが)を大変興味深く感じた。それは次のものである。
(P.29)畝の利用法とメンテナンス
 雑草も収穫が終わった野菜も根を残しておく。根が分解された跡は微細なパイプ状の穴となり、水はけや通気性が向上し、また、この穴は微生物のかっこうの棲家となる。
 野菜を片付けて後作を栽培するとき、土が硬くしまった状態になっていたら、ショベルで空気を入れる。通路と同様のやり方で、ショベルを10cm間隔で刺して前方に少し押す。これで、生物活性が高まる。

 小生は基本的に畝は立てっ放しにしており、この「畑起こしもどき」を後作栽培の前に行うことにしている。
 ビッチュウを使っての畑起こしは、70歳という年齢からして体力的に無理がきているので、スコップを使っての「畑起こしもどき」なら労力はうんと軽くなるのである。
 そして、そもそもビッチュウを使っての畑起こしは、土をほぐすというより酸素を土中に補給するのもであるから、土をほぐしすぎてその後は土を硬くしてしまう耕運機による耕運を小生は嫌っている。よって、「畑起こしもどき」は小生のお気に入りとなってしまったのである。
(2019年4月29日撮影)
DSCN0644.JPG

 この「畑起こしもどき」をやっていると、畝により、また、同じ畝でも場所により、スコップの入り方に違いがあることに気付いた。
 前作の野菜(雑草を含む)が土中深くまで十分に根張りして枯れた所は、スコップの入りがいいのに対して、根張りが不十分な所は土が硬くてスコップに乗せる足に体重をかけなければならない。特に畝間は労力がいるし、畝の端(畦にまたがる箇所)は硬すぎて大変だ。
 「根を土中に残して、これを土壌細菌の餌にする」というのが、林幸美氏の「たんじゅん農」の基本ともなっているから、土の状態が分かって興味深い「畑起こしもどき」である。
 夏野菜作付けの畝全部の「畑起こしもどき」を昨日までに済ませ、うちの畑は過半が“良好”だと、素人判断したところである。
 
 ところで、芋類(山芋、ヤーコン芋)については収穫時に畝を掘り起こして土を大きくかき混ぜてしまう。特にヤーコンについては、枯れた残骸を畝間に置いて、その場所を来期の畝に作り直すから土壌細菌叢が逆転してしまう。そして、土がフカフカになってしまうから「畑起こしもどき」はしない。
 芋類でも里芋だけは掘り起こしが少なく、なるべく土移動をさせないようにして単作栽培しているから、種芋の植え付け前に「畑起こしもどき」をしている。
 もう一つ「畑起こしもどき」をしないのが、当地特産の「徳田ねぎ」である。栽培・収穫に当たり、何度も土をいじりすぎる。これでは土壌細菌叢がぐちゃぐちゃになってしまうから自然農法に適さないだろうし、今まで有機肥料栽培で高品質のネギができているし、虫害・病害も全くないから、慣行農法でいくことにしている。加えて、施肥はいたって簡単だから労力を使うこともないからである。

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